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タカサンの餅つき(年末の恒例行事)

㊤の餅つき

子供時代頃

 毎年30日か31日に餅つきをしていた。何時餅をつくかは生業としていた撚糸工場の仕事のはかどり具合であり、忙しさにかかっていた。少なくともその前に工場も操業を停止し、餅もつき終わり、炬燵に入ってテレビを見たり、ミカンを食べたりする年越しと新年ではなかった。除夜の鐘を聞きながら、「紅白歌合戦」の音楽を聴きながら、ガラス戸を拭いたり、お仏壇の掃除、神棚の掃除をした想い出がある。

その頃、餅をつくのはオヤジだった。手返しをするのは祖母・佐合すうだった。

中学1年の4月に祖母が亡くなり、その年の餅つきから手返しを母がやるようになった。

 1対1で「1-2」と呼吸を合わせていた。1で打ち、2で手返しをする。

小柄でひ弱な私に出番は滅多に回ってこなかった。というより、「杵」が大きすぎて重すぎて手許が危うかった。高校時代もオヤジの手伝いつき手の立場だった。5尺8寸のオヤジの振り下ろす杵の力とは、比べようのないのだろうね。

 

         註

、当時の皇太子殿下(徳仁(なるひと)親王)と正田美智子さんの結婚式は昭和34年4月10日に執り行われ、パレードがテレビ放映された。その当時、我が家にはテレビがあった。今で言うところの大フィーバーだったので10畳の居間は近所の人達の観客で一杯だった。テレビのことは別項で書く。

 

先を急ぎます。

ついつい、饒舌になりすぎて時間切れ、意欲切れで放り投げたままの原稿用紙が机の片隅に積んである。(これは、嘘です。嘘ではなくて、喩え話です)

私の記録に残っている平成の餅つきを書きます。

何故、餅をつくのかを書きます。簡単です。「餅が好物」だからです。

「この辺りの雑煮料理」で食べる餅ほど旨いものはない。鰹節と昆布とヤマコノ醸造の「調味の素」で出しを取り、中身は「もちな」と「ついた餅」だけです。お椀に餅を二切れ入れて鰹節をたっぷり(表面がみえなくなるほど)掛けて食べる正月の雑煮は上手い。余分なものが入っていないので、沢山食べられる。その中身の餅は市販品の餅では満足できない。そう思い始めて自分で、竹井の生家でつくのを始めたのは、開業して10年以上経ってからですね。

生家の雑煮は上の記載のままだ。が、現在の我が家の雑煮は基本は変わっていないが、カマボコが2.3切れ入り、椎茸が入っている。

時代は確実に進歩している。

 

 

 餅つき元年

餅つき備忘録は2002(平成14年)年の餅つきからです。

開業してからこの年までにも何回も餅つきをしてきたが、備忘録に残っているのはこの年からである。

多分、全ての指揮を私が執り始めたということであろう。

 

2002/12/29   日曜日 晴時々曇り・・昨日ほど寒くないがそれでも寒い

 

9時前に準備に出掛ける。

米をいかき荷揚げ、ガスの準備をする。お湯を沸かし始める。

蒸籠を二段に積み重ねる。びっしょうりと濡れていた蒸籠の外側が乾いてくる。そして1段目と2段目の間から少しずつ蒸気が漏れ始める。

やがて、2段目と蓋の間から蒸気が洩れてくる。蒸し上がってきた兆候だ。

蓋を取り、中敷きをかき分けて、菜箸を刺す。すんなりと刺さる。「ゴー!」の合図です。

つき始めたのは、11時近くからである。

4臼つきました。つくのは統とブレットである。

臼の中で餅をこねているのは安藤君とタカサンである。この「こねる」動作が餅の粘りと美味しさを出す。

手返しはタカヨシ、美尋コンビ・・お袋の指導宜しくやりました。

最初2臼はむし方も付き方も不十分である。餅米の形が残ってしまう。

3番目のこわ餅と最後はしっかりとつき上げる。陽(8歳)には、最後の仕上げツキをさせました。あんころ餅の出来上がりは、◎です。ニュ-ジ-ランドの留学生「ブレット」も餅つきは初めての経験(当然ですが・・)であり、餅特有の味・噛み心地にも目を丸くしていた.大いに気にいってくれた。

実際に取り仕切るのは始めてで有る。母に何度も尋ねて、名前を覚え、使うコツを聞きました。

竈(カマド)・・・ガスコンロの下に薄いレンガを入れた状態がベストである。

         山内板金に造ってもらいました。

お釜・問題なし

蒸籠(せいろ)・・年代物である。毀れたらどうするか

スノコ・・・・・・竹で編んだもの、セイロの一番下に敷く

中敷き布・・・スノコの上に敷きこの布の内側にモチ米を入れる。

       つまり、モチ米が直接セイロに当たらないようにする。

       米粒がオカマ中に一粒でもこぼれたらお湯が蒸籠の中に揚がってしまう。

       これを防ぐ布です。

臼・杵    石臼は重すぎる。動かない。杵も重い。軽いのが欲しい。

前日の準備

 モチ米をかして一晩ほとべる.充分に水分を吸わせる。

大きなバケツが4-5ヶ、つく臼の数だけいる。

米粉・・ついた餅をそのまま持つと手にべっとりくっついてします。

当日の朝の準備

朝、モチ米の水を切り、イカキにあげ水を完全に切ること・・・

臼の保温

熟みあがり始めたら臼に熱湯を入れて温めフタをして保温する。

 

統(高校1年)の通学していた帝京中学可児高等当学校とニュ-ジ-ランドの高校の交換留学制度でこの12月から1月の末までの7週間、日本に、八百津の、佐藤クリニックに滞在しながら帝京に通いました。父や母も彼を気にいっていました。スキーにも、忘年会にも連れて行きました。彼は2004年3月再び、日本にやってきました。2回目も我が家に滞在しました。

統は平成14年(2002年)8月から10月ニュ-ジーランドに留学していました。

餅つき16年目

2018年12月30日  日曜日  マイナス3度             寒い朝です

 餅米の量・・・最終的には30+20KG( 米一升は1.5KGなので約 33升)

毎年 つく餅の量が増えて、今年はとうとう1俵(60kg)近い餅をつきました。

一臼の餅米の量は2.2升なので15臼つきました。天文学数字に近い。

集まった、タカサン餅つき同好会のメンバー

加藤夫妻         2名(奥さんはクリニックの職員)

岩井・安藤        2名(クリニックのほのぼの号の運転手さん)

藤田医科大学の陽の同級生 4名

 

美尋さん・タカサン     2名

合計           10名

昨年は、義母 國島幹名子 義姉 國島真希子 義兄 小出宣昭と

陽の友人名参加してくれたので、合計14名でした。

2017年の参加者です。

前列左端から義姉・真希子、岩半、小出前中日新聞社長、タカサン、安藤       2列目    右から美尋、幹名子

2列目 右から加藤笑帆、義母 國島幹名子

美味しかった。来年も食べたいという要望があり、餅つきは準備が大変なのだが、準備をするのであればつく臼の数の多寡はそう大差ないと考えて増やしてきた。

が、限界が来た。

朝9時15分からつき始めて、付き終わったのは午後3時過ぎである。

寒くて風もあったので、蒸すのに時間が掛かった。

タカサンも途中で左腕の腱鞘炎が増悪して動かすと激痛が走り始めていた。

次男の陽はつき終わった時点で肩が痛くて動かない。腕に力が入らないと言い出す。

今年でテンパイです。

 

我が家の餅つきの特徴・考え方を少し

1.石臼が巨大である。全てが御影石の石臼である。

 

昨日は1日御苦労様でした。一年間ゆっくり休んで下さい。来年もお願いします。

 

  一般的に知られている石臼は臼の形は洗面器型である。そしてその洗面器の底を、十字に組んだ4本の木の櫓で支えている。木臼の姿をした石臼だ。

  この臼とつく杵が決め手である。杵も大きくて重い。大きくて重い杵を石臼に打ち下ろすと、打ち下ろした力の全てが餅米に加わる。ドスーンといった感じである。木に力が吸収されないので、非常に良くつけた餅が出来る。

一心不乱に餅をつく小出さんと義姉       慣れた手つきで手返しをする玉木さん

勿論、移動させることは出来ないので、何時もコンクリート土間に鎮座させてあり、年末には労を労っています。  杵は、5.6年前に軽いものを買い足したが、こねる時などは力不足である。餅の美味しさ粘りは最初のコネ具合が決めてである。

道具が半端ではなく、沢山要ります。年に1回使うだけのものを仕舞っておく場所が要ります。幸いタカサンの生家は道具倉と宝物倉の2つも倉があるので、場所に余裕がある。

道具達には1年間待っていて下さいねと言って道具倉に仕舞います。

1.つき上がったばかりのホカホカとして尚且つ堅くて弾力性のある餅を大根おろしをつけて食べるのが醍醐味である。美味しい餅は何処にであるかもしれない。タカサンの餅が美味しいというのは私の、我が家の独断と偏見そのものである。それくらいは十分に承知して、意識して自慢をしている。それでもおろし大根餅はついたその時でないと味わえない。この餅が食べたくて毎年挑戦している。

                      平成30年12月31日 午後10時です。あと2時間で今年も終わりです。

                       読者は全く想定しておりませんが、読んで頂けたとしたならば幸甚です。

                                                 佐藤孝充拝

追記

何も誇るもののない八百津の街、タカサンですが、この餅と春先のタケノコは少しだけ自慢をしています。

4月の終わり頃にはタケノコの話を書きたいですね。

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