佐藤クリニックロゴマーク

山学部の先輩・工藤光隆を語る  その 2

[鍛えるという事は毀すことだ]

 

私は、ランニングに対して驕りもなく、猛き心も無いつもりでした。敢えて言えば誰よりも熱心にトレーニングをしただけです。故障が怖かったからたゆまざる努力を怠ることなくしてきたつもり。体力と気力の衰えを隠すには振り向かないでランニングをする意外にない。そう信じ、確信して生きていました。

 

しかし、現実はそうでは有りませんでした。平家物語の平家一族の優雅さは持たない見苦しき有様でした。チョット大袈裟ですが、そんな逆境に落ち込みました。

 何故私が、突然葉椎間板ヘルニアに襲われなければならないのか?襲ってくる痛みに呻吟しながら己の不運を嘆いていました。2015年の年末から2016年の早春に掛けて私はヘルニアの痛みに苦しめられました。(その間の事情については腰椎ヘルニア闘病記(その 1 その 2)を参照にして下さい。

しかし、その答えはもう現役の山岳部院時代に教え込まれていたのですね。快調すぎる自分のランニング歴に有頂天になっていたに過ぎないのだった。

ある時、ふっと思い出した『鍛えることは毀すことだ』という山岳部の教え。

大学山岳部の時に徹底的に教え込まれた教えを今更乍らに噛みしめ始めた瞬間です。

 

 流れ星で叶う願い

流れ星をみて何をお願いするのか?

 劔岳二股での夏山合宿の夜。満天の星空を眺めながら教え込まれた。

「こう覚えておけば良いんだね。」

「カネ・カネ・カネ!!」

「色々、考えていれば流れ星はみえなくなってしまう。」

「わだば。見上げた星空に向かって必ず言うことにしている」

「カネ・カネ・カネ」

が、工藤さんが、資産家になったという噂を聞いたことはない。口ぐぜは「わだば、お金ないはんで・・・」

 

他人の不幸は自分の幸福

2人がライバルとして競争しているとして、どうなればお前は相手に勝てる? お前が努力して相手より抜きんでるのが一番だ。

もう一つは相手が努力をしなくなる自滅することだ。幸・不幸は相対的にものに過ぎない。入学試験だってそうだべさ。努力して試験に受かったに違いないが、体調不良で不合格になった受験生もいる。その受験生の「不幸」に上にお前の「幸」があることさ忘れればまいね。

他人が怠けている時に努力しろ

 

正義無き力は暴力だ 力ない正義は無力だ

 

 よく聞かされました。又、工藤さんが言うとまさにその通りだと頷いてしまう。

それでいて、自分の力を自慢したり、威圧的な態度は決して取らない温厚な人柄です。

こんなエピソードを思い出します。冬山に行く前、鍛冶街で遅くまで飲んだ。その帰り、気勢を上げてふざけていたら、チンピラに絡まれた。こちらは3人、向こうは5.6人いた。我々に非はないと思っていたので引くに引けない。冬山前でテンションも高かった。お互いにけんか腰になった。一触即発の状態だった。

睨み合っていたら警察官が飛んで来た。工藤さんが付近の交番に駆け込んだのだ。「喧嘩さすればまいねだべさ。」「おらは逃げるが勝ちだハンデ・・・」

 

第35代ジョン・F・ケネディー米国大統領の就任演説の一節だそうです。

 

荒唐無稽な話でも相手を説得させてしまう。摩訶不思議な能力

その1

おまえらは人間じゃない叩ききってやるといって手術をするんだべ

 

思い出しても笑いが止まらない逸話の一つである。私が泌尿器科を専攻して間もない頃である。明日は尿管結石の手術が有るからと言って珍しく部屋で成書を紐解いていると工藤さんがやってきた。『どしたの?』と興味津々である。方法論を話していると頷き、「うんだべ」「うんだべ』と相槌を打っている。そして、宴も酣の頃に「ジューエン!患者さ手術台に載せたらこう言うんだべ。『おめいらは人間じゃない。人間のクズだ。ぶった切ってやる』と心に中で叫んでメスを入れるんだべ。

これにはたまげた。否定すれば、するほどにテンションが高まり、すっかりその気にされてしまう。荒唐無稽な話でも相手を説得させてしまう。摩訶不思議な能力だった。

 

一度だってそんなふうにして患者さんの体にメスを入れたことはありません。と言うよりは医学概論で懇々と諭された言葉をいつも胸に懐いていた。『人間の体にキズをつけるということは許されません。それは犯罪です。但し、医師免許を取得した医師が、その行為が患者さんにとって有益だと判断した際にのみ許される特権である。超法規的措置である。」

 

その2

もしクマと戦わば

クマと格闘 山の斜面に追い落とす 71歳男性「無我夢中で撃退」

秩父山系の雲取山

                  2018/10/13中日新聞記事

 

こんな記事を年に2.3回読むことがある。その度に工藤さんの『もしクマと戦かわば』

の話を想い出す。クマはハグすることが出来ない。かき分けることしか出来ない。だからクマの胸元に飛び込んでしまえば大丈夫だ。2人で遭遇した時には1人がクマのお尻を蹴る。クマはそちらを向く。そしたら背中に回った仲間がクマの尻を蹴る。この繰り返しでクマの疲れるのを待つ。これだねといって話し続ける。

そして「何と言っても威力のあるのはまたぎの持つ『津軽ナタ』だね」「2-3メートルある木槍の先にナタを取り付けてまたぎは戦うんだ。」

 

「熊よけスズ」か「熊寄せスズ」か

山さ入るときにスズを付けるのはまいね(ダメだ)。ここさ人間がいると教えるようなもんだね。「熊よけスズ」でなくて、「熊寄せスズ」だね。

どこまでが本当でどこからが勝手な想像から出来た作り話なのか分からない。

その場にいたものを光隆流の煙に巻くのだが、その信憑性が有るのか、ないのか,分からない話が面白かった。

 

10種競技の選手はなんさも一番になれないって事だべさ。

 

1960年のローマオリンピック、1964年の東京オリンピック、1968年のメキシコオリンピック、1972年のミューヘンオリンピックと回を追う毎にオリンピックは盛んになっていった。盛んになっているが10種競技という競技を知っている人は少ないと思いますが、そのローマ大会で銀メダルに輝いた台湾の選手がいた。[KING OF OL SPORTS]の銀メダルである。私は彼の活躍に期待いていた。が、東京では奮わなかった。メキシコもダメだった。工藤さんに「どうしたんでしょうか。アジアの鉄人は」と聞きました。きっと理解があると思っていた。私の知る限りでオールマイティーと呼ぶにふさわしいのは工藤さんだけだったからです。

が、返って来た返事は冷たかった。『なんさも出来ないから十種やるんだべさ』『なんもまいねだね」私はあっけにとられた。言葉を失った。

学生時代、第2外科の大内教授からこんな話を伺ったことがある。アメリカに留学した時のことだよ佐藤君。最初に聞かれた。『ドクター大内は何が専門ですか?』私は手術には自信があったから胸を張って答えた。『どんな手術でも出来ます』

返ってきた答えは『何でも出来るという事は無も出来ないと言うことだ』だった。目から鱗が落ちる程の衝撃だった。そこで一番得意だった消化器外科を専攻した。胃全摘時の ρ吻合もこの頃の発想だよ。

 この言葉は工藤さんの歯ぎしりの代弁なのか、自分への叱責なのか未だに分からない。

誤魔化すことだけが人生みたいな私には到底理解出来ない事柄である。

 

足の裏の飯粒

 

医学博士号を貰うために四苦八苦している時のことだ。現役部員の冬山合宿打ち上げで飲んでいる時だ。私が「疲労困憊していますよ。早く終わって欲しい。」「今の望みはそれだけだと工藤さんにこぼした。」帰ってきた返事がウイットに富んでいた。

(医学)博士号って足の裏の飯粒みたいなもんだべさ。有っても無くても気にならない。どうって事も無い。同じ事なら取った方が良い。

「取った方が良い』に飯粒を取り除く意味と医学博士号を取得する意味が重ねてあるのだ。

ウィットと言うべきか、その辛辣な投げかけに二の句がでなかった。

 

工藤さん曰く。足の裏の飯粒という表現はジュウエンが自嘲気味に言っていた。その時私はなるほど、上手いこと言うもんだと感心したと・・。

 

お世話しております

 

3年生になった頃であろうか。奥会津の山に登りに行った。その帰りに後輩の家にお邪魔する事にした。工藤さんに忠告、或いは示唆に富んだアドバイスを貰った。

ご両親が『息子が山岳部の活動では大変お世話になっております』と挨拶されたら『お世話しております』と返事しろ。

そんな事いくら学生でも言えないよと思ったが、『分かりました』と返事をした。そんな事は言えるはずもない。

今思い返してみると、こんな事を言外にいいたかったのだろうと思う。山岳部の活動は事故がつきものだ。生命を落とす可能性の事故も常に想定しなければならない。遭難があった時には、上の者が上級生が率先してその処理に当たらなければならない。山行における上級生は、それくらい責任があるのだ。その覚悟で連れて行け。『一旦緩急あれば率先して事に当たらなければならない」その覚悟を、世話をしていますと表現してたものだと。

会津若松出身の1年後輩、関君の実家に泊めて貰ったときのエピソードである。

 

「ビッグコミック  ゴルゴ13」の愛読者だった。

そして

猛獣もし戦わば―-地上最強の動物は?- (1970年)(ベストセラー シリーズ) -

小原 秀雄  著

も良く話題にしていた。

 

「インスタントラーメンが大好き」だった。

 

偉大なる無駄

彼の人生のモットーはなんだったのでしょうか

これだけ書いてきて検討しても分からない。分かるはずも無い人の心だが、ふと思い及んだ言葉は『偉大なる無駄』である。

 

 

 

原型動詞+ING・・全く考え方、行動にぶれの無い行動人

そんな、こんなと皆がそれぞれに色々な人生を送っている訳ですが、志半ばにして人生に挫折して妥協の産物のような人生であったり、女房・子供に手を焼きながらあくせく働苦人生だったりすることが大半です。

その事に関して言及すれば、一番その人のらしさを失わず、変化形でない原形動詞で行動しているのが工藤さんです。

羨ましく思ったり、イソップ物語の狐の如く学習能力のない人だと嘲笑ったり独り言をつぶやいたりしています。

しかし工藤さんのような人を本当に万年青年というのでしょう。

 

 

 

 

地中海旅行

ある高校教師の足袋日記

 お久しぶりです。エーゲ海に浮かぶギリシャのあまたの真珠(小島)の紀行文、何時も楽しく読ませて頂いております。

存分に楽しみ、その街の生活に溶け込んでいる貴兄の姿が目に浮かびます。

アパートを借りる、レストランでの食事の話など、実際にその交渉をしている姿が躍り出てくるようです。

「日高さんみゃく」の本は遂に日の目を見ることがなかったのですが、紀行文は是が非とも出版してください。

題名は「或る高校教師の旅日記」ぐらいですかね。

多くの人が待ちこがれていると思います。

以下は工藤さんから届いた絵はがきに対する私の返事の一節である。

 そうですか、ミロのビーナスというそのあの裸像が発見された島では、その事はあまり話題にもされていないのですか。

ちょっと不思議な感じですね。

最近の、サイケデリックな芸術だか、単なる遊びだか分からないような、絵画・彫刻等の芸術のあり方には賛否両論有るにしても、あの両手を切断された裸像の美しさは永遠だと思うのです。

案外、あの彫刻の素晴らしさはあの辺りでは当たり前のことだったのでしょうか。

案外、そうかも知れませんね。

 あの切断された両手は、無いが故にあの彫刻を一段と際だたせているのですか。

想像を逞しくさせているのですか。

両手を広げていても可笑しいし、体に沿わせていては裸体の曲線美が失われてしまいますし、偉大なる作者はその手の有り様に困り果て、さももぎ取られたが如くの状態の両腕にしておくことで、女性の神秘的な美しさに・より深い意味を審美的な局面を負荷したのでしょうか。

そんな事を久しぶりに思い出しました。

 

 

ギリシャの総面積は日本の約3分の1。島の数は3300もあり、人の住む島は約200で島のほとんどはエーゲ海にある。

工藤さんは40歳頃からエーゲ海にあるギリシャの島巡りを夫婦で始めた。長期研修休暇システムをフルに活用しての趣味・道楽だ。旅先からいつも絵はがきが届いた。現地での悪戦苦闘だったり、炸裂する工藤節だったりした。きちんと記録に残して下さいと何度もお願いした。しかし、今のところ実現していない。

                  平成31年4月27日  脱稿

電話・FAX

TEL.0574-43-1200
FAX.0574-43-9050