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東日本大震災から満7年〔その3〕
セオドア・ソレンソン
良心に恥じぬと言うことだけが我々の確かな報酬である
百万人を殺す英雄ではなくて、一人を救う凡人であろう
註 1
今年が2018年であり大震災は2011年だから満7年です。が、題名が間違っているのではありません。
昨年から書き始めたので満6年であり(その2)です。
私の記憶、いや約束ほど当てにならないものはないとつくづくと思うに至った。昨年の3月に「東日本大震災から6年」というレポート形式のブログを2編書いた。そしてその後も書き続けて今年〔平成30年〕の3月11日には、追いつくはずであった。平昌オリンピックの観戦の最中にふと東日本大震災のことが思い浮かんだ。紐解いてみたが最早、時、既に遅しである。付け焼き刃ではあるが、なんとかなんとかしなくてはと思い立った。元々、粗悪品ですが、粗製乱造です。頭を整理しながら、記憶を辿りながら私の日記の記載を中心に進めていく。
2011年〔平成23年〕3月
16日 水曜日
「福島原発の問題、重大で深刻な事故だと受け止めている」天野IAEA事務局長現地視察後率直な印象を述べる。苦悩の色が滲んでいた。
義援金活動を始める。
18日 金曜日 快晴 マイナス4℃
実家の沈丁花の花が咲き始める
春の訪れを一番最初に感じる花ですね。勿論、梅も咲いていますよ。菜の花も僅かに芽を出し伸びています。八百津でこの寒さ。被災地の人々は防寒具もなく、食料も無い状態なんだろうと思いやる。松任谷由実の「春よ来い」がこの震災の応援歌として唱われた。
註 1
NHK の復興支援ソング 「花は咲く」は2012年の春頃から歌われ始められたと思います。この歌は本当に心に響きますね。
作詞者の岩井さんは「この歌は震災で亡くなった方の目線で作りました」と、また作曲家の菅野さんは「100年経っても詠み人知らずで残る曲になるといいなあと願っています」と語っている
アメリカのオバマ大統領も、日本に出来る限りの援助を惜しまないと表明。
被害総額は、阪神淡路の1.6倍の16兆円に達するとの試算
ばかばかしい!!
あの想像を絶するような惨状を目の当たりにして被害をお金で試算する神経が許し難い。理解できない。
危機管理の大前提は、悲観的に考えて、楽観的に行動する ・・いい考え方だね。
この日の朝日新聞の社説から・・・感銘を受ける
原発との闘い―最前線の挑戦を信じる
事態が少しでも好転してほしい。 そして、まさしく生命をかけてこの難局に立ち向かう人びとの被害が、最小限に抑えられるように――。 努力が結実することを願う。
海外のメディア 「 福島フィフティ」と称賛している。
東京電力の現場で作業している作業員を称賛している。
勇気ある人々と報道している。
ノーベル平和賞に値するという論評もあるほどである。
後に「スペイン賞」を貰いましたね。
福島第一原発の原発事故はレベル5 深刻度、スリーマイル並み
註 2
1ヶ月後の4月12日 レベル7に引き上げられる。チェルノブイリ原発事故と同じレベルの重大事故だと認定されてしまった。
この危機に一緒に立ち向かおう”
菅総理大臣は18日夜、東北関東大震災の発生から1週間たったことを受けて記者会見しもう一度、日本をつくるんだという覚悟で、この危機に一緒に立ち向かっていこう』、そういう思いで、一人一人が手を携え、危機を乗り越え、再建に向かって歩み出してもらいたい」と呼びかけました。
19日 土曜日 晴れ・曇り
首相、危機管理内閣を検討 野党に入閣要請へ
惨状、桁違い 極寒、必要なのは暖房器具―現地入りした日赤医師の記事が目にとまる。現場で目にしたのは、経験したことのない惨状と感謝の心を忘れずに必死に生きる人々の姿だったいう。
「こんな遠くまで来てくれてありがとうね」。平塚医師は、診察を通じて幾度となくお礼を言われたという。こちらも何か言って励ましたい。だが、「頑張って」とはとても言えなかった。「ここにいるから、いつでもいらしてくださいね」。そう言うのがやっとだったという。
註 3
この時の野党とは自由民主党、公明党、共産党、日本維新の会などを指す。
20日 日曜日 曇り・午後激しく降りました
八百津だんじり祭本郷組のしめ縄造りが朝から大舩神社で始まる。本郷組の当本である私は一番乗りで焚き火をして待つ。 午後1330分近くまで掛かりました
本殿まで何度も駆け上がり、祭りの成功と共に大震災の被害が少しでも少ないように、福島第一発電所の原発被害が終息するように皆で祈りました。
吉報が届く。
80歳の祖母と16歳の孫、10日ぶりに救出される
奇跡という言葉を使うのであれば、陳腐ではなくてこの救出が当てはまる。
震災直後、携帯電話での連絡は取れていたようである。宮城県の石巻市からの報告である。
Q 「ベクレル」って「シーベルト」との違いは?
ベクレルは「放射性物質の量」を測るための単位。
続いて、(やっぱりもっとも大事な)シーベルト。
シーベルトとは、人が放射線を浴びたときに、人体に与える影響をはかる単位
「体全体へのダメージの合計」の目安をはかる単位だ。
「ダメージはシーベルトで測る」と思っていればいい。
体へのダメージの合計を考えるときは、ミリシーベルトを単位にするのが普通だ
毎時 3 マイクロシーベルト(3 μSv/時)といった放射線量が観測されていた(「今、話題になっている「高い放射線量」って?」で説明した)。 こういうところに 1 時間いれば 3 マイクロシーベルト(3 μSv)の被ばく。 1 日(つまり、24 時間)いれば、3 × 24 = 72 だから、72 マイクロシーベルト(72 μSv)の被ばくになる。 さらに、この強さの放射線を 1 年間あび続けるとすると、72 マイクロシーベルト(72 μSv)を 365 倍して、約 2 万 6 千マイクロシーベルト (26000 μSv)つまり 26 ミリシーベルト(26 mSv)の被ばくになる。 「放射線って体に悪いの?」で書くけれど、これは(直ちに健康に害はないけれど)けっこう高い。
こんな説明もあります。
ベクレルとシーベルト
ベクレル
放射線を放出する能力を放射能と呼ぶ。
その強さや量をベクレルという単位で表す。
食品に含まれる放射性物質の量を示すにはベクレルを用いる
シーベルト
放出された放射線を人間が浴びた際の影響の度合いを示す単位が「シーベルト」。
検診のレントゲン検査による被爆の度合いを示すには「シーベルト」を用いる。
電球の放つ「光の強さ」・・・・ベクレル。
電球からの距離、障害物の有無に左右される「明るさ」・・・シーベルト
21日〔月曜日〕
臨時の四郷当本会議が開催される。
四郷の総元締めである黒瀬の金子さんから、「全国各地で春祭りの自粛・中止が発表されている。しかしそれはおかしい。確かに今回の東日本大地震は最大級の災害である。今私達のなすべき事は被災された多くの方々を励まし・応援し、心を寄せ合うことのはずである。亡くなられた方々への哀悼の念を持ち復興の後押しをすることだ」「お祭りはやりましょう」「但し汎く義援金も集めましょう」
全員の賛成で「八百津だんじり祭」をやろうということになった。私自身も金子四郷当本の考えに大賛成だ。
註 4
八百津だんじり祭の本郷組の当本を任されていた。この仕事のことはいずれ、別に項を立ち上げるつもりであるが、その時は忙しかった。そして、母美喜は誤嚥性肺炎で生死をさまよっていた。お祭りの前に万一があっては一大事である。朝から晩まで色々の仕事に携わっていた。
23日 水曜日
12日から待合室に義援金箱を設置
義援金・・ 一週間で 60.000円集まる。中日新聞社社会事業部を通じて現地に送ることにした。
註 5
義援金活動は日本中からわき起こってきた。音楽家は、チャリティーコンサートを開催し義援金を募った。スポーツ界でも多くの著名な選手が率先して義援金活動をした。記憶する範囲では、2009年賞金王のプロゴルファー石川遼は賞金の一部を、プロ野球の投手では1勝に応じた、打者ではホームラン1本に応じた義援金の申し出があった。私も微々たる額ではあるが義援金をした。中日ドラゴンズの勝利数x10.000円の義援金を出すことにした。この年のドラゴンズの成績は75勝53敗〔セントラル・リーグ優勝〕でした。
31日 木曜日 快晴
東京の開花宣言があったばかりですが、八百津でも開花宣言です。
福島第1原発:設計に弱さ GE元技術者が指摘
日本は第二次世界大戦に負けた後の焼け野原から復興したんだ。
生き抜くんだ! 自らの魂に火を付けろ。
註 6
そう言うのは簡単だけれど文明が発達した現在ではその克服すべき、復旧すべき事柄、事業が余りに多い。
分かりやすく言えば、こうだ。三陸地方は明治以降何度も津波災害に遭遇している。
宮古市は1896(明治29)年にも大きな津波被害を受けていた。そして1933(昭和8)年の昭和三陸大津波にも大きな被害を受けた。沢山の人々が亡くなった。
が、産業(その頃は漁業)の痛手はそれ程ではなかったと思う〔正しい表現ではないが・・・〕つまり関東大震災と同規模の地震が今の時代に東京を襲ったとしたら、被害総額は、日本全体に及ぼす影響は、現在の方が甚大である。壊滅的になってしまう。
破壊され、壊滅的打撃を受ける部分が大きいのだ。それが完膚無きまでたたき付けられる。道路がそうだ。鉄道がそうだ。物資の輸送がそうであろう。文明が発達し、物質的に豊になっただけ、被害が大きくなる。
日本は必ず復興する!!
地震は天災である。1番手の付けられない天災である。
が
原子力発電所の事故はそうではない。
慢心があった。科学への盲信が、私達を支配していた。
そんなことは起こりようがないという過信があった。
日本のシステムの欠点が露出したと言っていいだろうね。
最悪のケースはあってはならない。有るようなものは造ることを認可しない。
だから、全ての電源がダメになるというような想定はなかった。
註 7
チェルノブイリ原発事故の後、日本でも安全指針、事故時の防災訓練をと計画したことがあったが、猛反対で潰されてしまった。猛反対をしたのは原発立地の自治体である。俄には信じられない、嘘のような本当の話である。
最近になってしっかりマネージメントしておけば、重大事故は防げたというコメントが見つかるようになってきた。・・遅いですよ。
なぜ女川原発は無事だった 津波の高さは福島と同程度なのに
死者1万1438人、不明1万6541人
避難者、計17万2064人〈31日午後6時〉
アメリカに次いでフランスからも作業用ロボットを借りることになった。情けないことである。
アメリカもフランスも汚染地区て活躍できるロボットを持っている。原子力発電は開発しているが、万一の事故は必ずある。有るからその対策を出来る限りにしているということが大きく違う。
日本では、こんな事故が、こんな事態がを想定して準備をすると猛反対に遭ってしまう。
原子力発電はクリーンで、安全です。 AC〔公共広告機構〕しかないのです。
4月
01日 金曜日 快晴
復興へ新税検討、震災国債も発行 民主の復興法案原案 復旧復興特別税を創設
「復興再生庁」を創設=被災地向け基金、使途制限せず
復興対策「大連立」、自民に支持相次ぐ
戦後最大の危機であるという認識が拡がる。
真にそのものである。
8日
鬼を一車に載す
人類の歴史上、ルネサンス以後に広まった普遍的な新興宗教は「科学」だ。その進歩は常に人類に福音をもたらすと、万能の神のごとく絶対視されてきた。確かに今日まで文明の進歩に貢献してきた。
その科学信仰が揺らぎ始めたのは、ヒロシマ・ナガサキの悲劇をもたらした核兵器の開発だった。科学が初めて人類を滅亡にさらすもろ刃の剣であることが証明されたからだ。 それでも科学は核も制御できると人類は挑戦を続け、化石燃料に代わるエネルギー源として放射能を原子炉に閉じ込める原子力発電に踏み切った。その恩恵に浴している我々だが、原発事故で飛散した放射能に被曝(ひばく)したかどうかは視覚、聴覚、嗅覚(きゅうかく)、味覚、触覚の人間の五感では感知できない。怖い鬼を同乗させる「鬼を一車に載す」恐ろしさがある。
チェルノブイリ原発事故の時は約2千キロ離れたロンドンに住んでいたが、水、ミルク、ジュースが店から消え、汚染雨が降ったスコットランド地方の羊は出荷停止。「シルクハットと黒傘は装身具」と気どる英国紳士も傘を広げて歩くなど英国中が騒然となった。西欧は一致して東欧からの生鮮食料品全面禁輸を図ったが、“食”のイタリアが反対、各国別の対策に切り替えた。
東日本大震災、福島原発事故で海外の友人たちからの見舞いが相次いだ。いつでも避難して来てくれと申し出てくれた米国や台湾の友人たち。日本は必ず立ち直ると激励してくれる友人も多いが「ありがとう。でも、日本の力の源はこの国の政治でも有能とされる行政でもなく、苦難に立ち向かう一人一人の日本人の自力と資質にあるのです」と注釈付きで返礼を出している。
朝日新聞の記事より
9日 土曜日 午前中激しい雨・お昼から快晴
八百津だんじり祭試楽祭
一昨年の12月に本郷組当本に指名されてから1年半。自分の能力の限りを尽くして頑張ってきたつもりである。多くの人から意見を聞き、
色々の可能性についても検討を重ねてきた。その最後の集大成の日は雨で始まる。余りの悔しさにだんじりの前に立ち尽くしていると体中がずぶ濡れになる。涙も雨も区別が付かない。「午後からは晴れてくる」「大丈夫だよ」と声を掛けてくれるが、この雨が収まるとは思えない。被災地の人々は防寒すらままならない状況だろう。彼等を励ますためにも、自分のためにもやるぞ。慄然として、粛々と進めるのだ。「だんじり」を動かし始める。全員左肩に「甦れ日本」のワッペンを縫い付けている。
午前中の行事を終え、役員でお昼ご飯を食べていると陽が顔を出し始める。暖かい春の日差しだ。
「ありがとうございます」
「感謝します」
午後は快調に快調に町内を運行した。八百津大橋の上での3大のだんじりの勢揃いは見事であった。
10日 日曜日 快晴 雲一つない快晴
だんじり祭本楽祭
だんじりが阿弥陀坂を登り切り境内に入ると前山のひがくしが桜の木の枝にあたる。すると撥ね帰った枝から桜の花が舞い落ちてくる。素晴らしい桜吹雪である。これを夢見て頑張ってきた。努力は報われた。
大成功のだんじり祭だった。昨日今日と集めた義援金もかなりの額になった。多くの人々の共感を得ることが出来た。自粛しなくて良かった。
註
だんじり祭(当本を務めた平成23年の祭)については詳しく書くつもりである。
12日
プロ野球は半月遅れの今日から開幕となる。仙台を本拠地とする楽天イーグルス〔監督星野仙一)は、全く何もない状況から始まる。
14日
大震災から1ヶ月経ちますが、福島の処理も進みません。停止はしたが、冷却が出来ない。その方法すら確立されてない。海洋汚染も・・・大気汚染もある。
がれきの山である。余震も続く。・・・マグニテュード9.0だと一年くらい余震が続くこともあるそうだ。
小松左京の「日本沈没」の世界に突入ですか。
梅雨の到来までにはある程度冷却の方法を確立する必要がある。雨水が入れば再び汚染水で溢れる不法海洋投棄という事態になりかねない。
ベントを行って格納容器全体を冷却するのか、新たに冷却システムを外部に設置するのか。菅総理が悪いわけではないのだろう、次々に難題が起こってくるのだ。高濃度汚染水の海変垂れ流しだけはおさまったようだね。
本当にとんでもないことがこの技術立国日本で起こったのだね。
人類に対する警告だよ。汚染水を移動させようとするが一向に拉致が開かない。国産のロボットが登場する。綱渡り以外の何物でもないね。
5月
6日 金曜日 晴時々曇り
首相 浜岡原発すべて停止を要請 現在、1.2号機は廃炉が決定。3号機は定期点検中。
稼働中の4.5号機の停止を要請した。
両陛下 岩手県の避難所を訪問
註 7
両陛下医の被災者の訪問は、
3月30日 東京体育館〔福島原発事故からの避難所〕
4月22日 茨城県〔大津港〕
4月27日 宮城県〔南三陸町 仙台市〕
5月6日 岩手県〔釜石市 宮古市)
5月11日 福島県(福島市 相馬市)
3月30日、石原都知事が代理の派遣を進言するも「東北は私が 自分で行きます」 と返答された。自分の御代でこの日本の国を破滅に追いやる訳には行かないという強い意志の現れ。この国の主であるという矜持・誇りがそうさせるの??
11日 水曜日 雨 一日中激しく降る
気仙沼 震災犠牲者の追悼法要
夏の電力切迫の恐れ 全国の原発54基中42基停止も
汚染水をどうする・・・こちらの方が問題である。
地震から、原発事故から2ヶ月が経ちました。東京電力が正常化のロード・マップを作ってからも1ヶ月です。が、なかなか思うように進まない。高濃度に汚染されているためになかなか建て屋の中に入って工事が出来ない。建て屋の中に入り、格納容器まで辿り着いたのは1号機だけであ
12日 木曜日 曇り 夕方まで降りました
原発事故、賠償枠組み決定へ 東電特損1兆円計上
国会に原発事故調の設置を”
核燃料の大半溶け圧力容器に穴 1号機、冷却に影響も
「実際には燃料は形状を保っておらず、大半が溶けて底にたまっているとみられる。底にわずかにたまった水で燃料が冷やされていると考えられる」と説明 経済産業省原子力安全・保安院も、燃料が溶けて圧力容器の底にたまる「メルトダウン」が1号機で起きた可能性が否定できないとしている
一番の問題は圧力容器の底に燃料が塊になっているとすると表面積が極めて少ない・・・・その表面から発生する熱量は多くないかもしれない。一方塊の中心部にある燃料は高温で燃え続けている。核分裂が継続している。熱のマグマになって再臨界の可能性ある。
この半月の間、心を震え上がらせるような怖ろしいニュースが無くて一安心していた。悪いなりに安定化に向けていると誰もが信じていた。信じたかった。が、それは表明上だけの脆いものであることが判明した。
全世界に対しても日本の原発事故は全く予断を許さない。もっと大きな嘘が隠されて
という疑心暗鬼を植え付けてしまった。
13日 金曜日 曇り・・涼しい
高い放射線量、東電公表せず 3号機、水素爆発前に把握
3号機は14日に水素爆発を起こしている。1号機は12日に水素爆発を起こしている。
福島原発事故「多くが人災」=原子力専門委員が指摘
原子力委員会の青山繁晴専門委員はフクイチの事故について「津波の直撃を受けた段階では、原子炉建屋はまだしっかりとしていたが、その後の判断ミス、対応の遅れによって水素爆発が起き、放射性物質が漏えいした。全てではないが多くのものが人災だ」との見解を示した。 青山氏は4月下旬に福島第1原発を視察し、吉田昌郎所長らから聞き取り調査を行った。菅直人首相が東日本大震災発生翌日の3月12日に原発を視察したことに関し、青山氏は格納容器から気体を放出するベントの指示の9分前に首相視察に関する指示が東電本社から現場にあったと説明。「(ベント)作業に加えて首相を迎える準備が必要だったことは間違いない」と述べた。
16日 月曜日 曇り
死者・不明者 2万4173人
避難者 約11万6000人
21日 土曜日 晴れ
メガフロート、福島第一原発に到着 汚染水収容へ 中韓首脳が被災地で黙祷 菅氏と福島も訪問へ
東日本大震災 前兆、2月から認めていた。 直前2日で250回の微弱地震
3月7日、全く平常で、散発的に小さい地震が各地でおこっています。
3月9日、東北沖で大きめの地震が集中的に多発しています。
3月110日、引き続き、東北沖で大きめの地震が集中的に多発しています。
3月11日、当日
心楽しく生きる権利を原発は奪った
池田教授の机上の放論
人の命が一番大事なのだから、全てのことはこれを最終基準にして計らねばならないというのは、近現代に特有な病なのだと思う。この病はひたすら延命治療を推進し、脳死臓器移植を推奨した。私は人の命がこの世で一番大事だ、などとは思っていない。何故ならば、人はいずれ全て死ぬのだから。
最も大事なのは、
人々の恣意性の権利、別言すれば最も心楽しく生きたいという権利を擁護することだ。
原発事故は故郷でゆっくりと過ごしたいという人々の恣意性の権利を完膚無きまでに破壊した。人はタバコを吸って死んでも仕方がないのである。事故で死んでもやむを得ないのである。しかし、原発事故で故郷を追われてはいけないのである。街並みは全く破壊されていないのにヒト一人写っていない街がある。生活のための全てが、インフラが無償で保たれている街から、人間だけが蒸発している。M9.0の大地震は想定外の大天災だったかもしれないが、日本の歴史上全く起こらなかったわけでもあるまい。
しかし無傷の街並みから人間が全て消え失せる事態は空前絶後で、未曾有の大事件!!
22日 日曜日 曇り・・ 豊の7回忌
原発事故、米軍が全面支援リスト 大量飛散を想定
23日 月曜日 一日中 雨
ソフトバンク、大規模な太陽光発電施設の建設検討
総額800億円を投資し、20メガワット規模の太陽光発電所10カ所を建設する構想。
「原発作業60歳以上で」 165人応募、議論呼ぶ
何時かこんな事を言い出す人達が現れ日本を滅亡から救うことになろと思っていた。
が、どんな形で、誰が言い出すだろうとも思案していた。
私は原発の現場に行っても何の役にも立たない人間だという安心感からものをいうわけではありません。
決して白羽の矢も当たりません。「志」を持った人々がいたことを喜ぶ。
福島第一原発に作業員を派遣している企業幹部らによると、長期化に伴い、作業員の人繰りがつかず、苦慮しているという。3月11日の事故直後に入った作業員の中には「劣悪な作業環境で、二度と行きたくない」と拒否する人も出ている。第一原発では22日現在で1148人が働いているが、60歳以上の作業員もいるという。
25日 水曜日 曇り・晴れ
復興構想会議から 内舘牧子
大震災より前に文藝春秋に「何故民主党政権は何も出来ないのか」と問われた
「能力がない」
「覚悟がない」
「目指す地点がない」を挙げ、「こういう人達がリーダーになると、国の形はこうなる。現在の日本はその典型だ」と答えた。
国民を不安にさせない方策を採るべき能力の欠如した大臣。
悪い情報も全て開示し、そこから国民を牽引していく覚悟が見当たらない。
註 8
今の政権は事あるごとに民主党政権を貶し、それを錦の御旗にしている感がある。確かに余りに杜撰な、権力欲の塊のようでありながら腰の据わらない、烏合の衆のような情けない政権だった。日本の歴史を振り返ってみれば、平安末期、平家一族を京の都から追い出し、朝日将軍と呼ばれた木曽義仲とその家来達の奢りと横暴が似ているかもしれない。
日本の野党は運が悪い。阪神淡路大震災の時も細川・村山連立政権だった。平時の政権運営ですらままならないのに国の運命を左右するような大災害が起きたのである。統治能力があるはずがない。混乱を巻き起こしただけである。
民主党政権は期待が大きかっただけに落胆も大きかった。しかし、それにもまして運がなかった。5年ぐらい平時の政権を担当した後ならば、結構上手く統治が出来たのではないか。民主党政権でなければ、自由民主党政権ならば、東日本大震災の復興は順調に進んだのですか。福島第一原子力発電所の爆発事故〔レベル7〕は早期に収束したのですか?
仙台平野の津波 時速20km
アナウンサーの阿部さんが6メートルを実際に表示して見せていました。
フルマラソンの世界記録ペースです。20秒/100メートル。これでは逃げられない。
26日 木曜日 曇り・夜雨
自然エネ20%に拡大 菅首相、OECDで演説
現在1%に満たない自然エネルギーの割合を2020年代には20%に引き上げたい。
「今回の事故を分析し、教訓を学び、世界の人々や未来の世代に伝えていくことは、わが国の歴史的責務だ」
原発反対、日独中韓で増 日本は初めて多数に 世論調査
海水注入は継続していた…原発・吉田所長が判断
何故、今頃発表になったのですか。すぐに実はと言うべきだったのだと思います。
菅内閣、現政府の情報管理、統制管理が如何に杜撰であるかを露見させた結果となった。
泥試合にして何になるのだ。
27日 金曜日 曇り・・一時雨
G8〔ドービルサミット〕では為替のことは話題にならなかった。
菅総理が地震の支援・援助に対して感謝を述べた。
首脳宣言は冒頭、東日本大震災の復興に取り組む日本との連帯を誓い、犠牲者への追悼と被災者の勇気に敬意を表した。
「日本創成会議」が発足
東日本大震災からの復興を新しい国づくりの契機にしたいとして、有識者らによる「日本創成会議」が発足し、座長の増田寛也前岩手県知事
29日
原発事故残留汚染の危険性
世界初の原爆攻撃を受け、水爆実験にも巻き込まれた日本が今、最悪の原発事故に対峙している。
私達の現時点を冷静に考えて改めて思うことは「兎に角子供達を救え」という事でである
31日
「脱原発は巨大なチャンス」独メルケル首相
「ドイツにとって大きな挑戦だが、未来への巨大なチャンスでもある」
政治家の皆さん、国会議員の皆さんやるべき事があるでしょう
復興の枠組みを定める基本法案は速やかに成立させるべきだ。始まったばかりの与野党の修正協議を急いでほしい
世論調査では、震災復興に「国会は役割をきちんと果たしていると思うか」との問いに、68%が「そうは思わない」と答えていた。
この比率は、菅政権の震災復興や原発事故対応に対する不信や不満よりも大きい。「何も決められない国会」への評価が厳しいのだ。この事実を、すべての国会議員が重く受け止めるべきだ。
平成30年2月27日 脱稿
笑顔
笑顔は元手がいらずしかも利益は壮大です
笑顔は与えても減らず与えられたものは豊になります
笑顔は一瞬だけ見せてもその記憶は永久に続きます